本文へジャンプ古里の山に向かいて言うことなし古里の山はありがたきかな
 
つまご屋のさくらんぼ
佐藤錦、南部町便り
佐藤錦、安美錦、
さくらんぼ
青森県南部町はつまご屋の田んぼからタニシを獲った
私がコレステロールを管理するわけ
古里の南部町と馬淵川と名久井岳そして達者村
わらで縄をなう
うまいまるごと普代海産祭り
師走る人々
めがね的愚考生活
南部町のえんぶり
阿房宮(食用菊)
の里・南部町
不思議な謎にセマル、目からうろこの物語
食べ物の記憶
湊朝市
あのなっす・さろん
ヤギのちっち
ジャガイモの味と夏休みカッパになる
西女
南部町のいいところ
芸術のことはよくわからない
えんぶりの神様
ベゴ(牛)とだだ(父)とワ
(私
)と
想い石
八戸、湊朝市、
津波の恐ろしさ
味噌は手前味噌
昔、むかしの豆しとぎ
佐々木ラジヲン
六月のヘリコプター
爆発するルネッサンスとお祭り
さげじょの夜
十二支のオトシ子
旅はみちずれ、または股ずれ世は情け、踊る阿呆
旅の函館、かからん
ケツ(房総編2)
支えられて人になる
(房総編3)
絆をつなぐ(房総完結編)
ふるさと南部町りんごのかまり
八戸湊朝市ぶらぶら武士
かえるの漂着、木枯らし吹く秋の終わりの旅人よ
男蝉、女蝉

えんぶり考
盆にはぞうりがいい
稲穂を拾う人
郵便配達人
母の靴下
蕎麦とネギと国道
104号線

 
 
毎日食べる食品は安全、安心
うまい、がいい
味噌は日本人の元気
  のみなもと
朝から元気で味噌汁がうまい


南部町。3月8日、つまご屋の
味噌作りが始まった。

昔ながらの味、
 作り方そのままに
大豆を煮る


味噌は手前味噌がいい


 味噌は手前味噌がいい、手前どもで作るから自慢できる。
大豆は遺伝子組み換えなんてのはいけません。
自分の遺伝子が大豆により組み替えられ孫やひこ孫が変な顔の大豆になったら?(笑)

 遺伝子組み換えで変になちやった

大豆はてまえどもで作る大豆で青森県南部産、遺伝子も超自然的遺伝子
で昔からある在来種で粒が大きい品種である。
まだ自慢すると手前味噌には防腐剤が入っていない。
食べ物になんらかの薬品が入ることは安全と認められてるといっても抵抗があります。
このへんで手前味噌の自慢話を控えましょう、そうしないと本当に、手前味噌になりますから。
 でも最後にもうひとつ言わせてください。
てまえどもで作る手前味噌のすばらしさをもっと立証しろといわれると難しい、が
長年の食生活の中で味噌を中心に愛用してきたつまご屋の
長生きばあさん99歳、味噌汁飲んで今日も元気
その健康と長生きの秘密はこの味噌にありと確信しています。
 99歳の長生きばあさん
てまえ味噌の意味
《自家製の味噌を独特の味があると自慢する意から》自分で自分の
ことをほめること。自慢。「―を並べる」
-国語辞典(大辞泉)

大豆五合に麹五合


大豆5合、麹5合とは大豆と麹が5対5の割合で混ぜあわせて作る味噌、麹が多ければ
うまい味噌ができあがる。
 麹は藤沢老舗、昔からお付き合いしていただいている麹屋さんでたばこの生産と稲作農家でもある。
藤沢さんちのおばあさんもまた元気で82歳には見えない、これも味噌と麹の
おかげなのだろうか?
 
藤沢さんちのおばあさん

南部町から三戸町の貝守の藤沢麹屋さんの家まで麹を取りに行くこと車で少一時間
帰りは新郷温泉館か野沢温泉に入りゆっくりしていこう。
この時期、温泉がいい、寒さ暑さも彼岸までというがこの地方ではまだまだ寒さが続き最低気温
 がマイナス5度になる。
野沢温泉は新郷にあり藤沢麹店から7キロ走るとつく。
この温泉は古い、30年もまえにコカコーラに勤めていたとき配達にきたときがありいまだに
温泉の質が変わらない
新郷温泉館はのちにできた温泉である。
 今回は新郷温泉館にはいる。

源義経と静御前の鷲の湯温泉、隠れ里山恋の逃避行

里山は遠くにあり、源氏の落人の隠れ棲みかか、静御前と義経の恋の果て

なんてことを独り新郷温泉館の湯につかりながら考える。

静御前と義経は悲劇のヒーローなのです。義経は手柄をたてるも頼朝の反感をかい都落ちし
その途中、静御前はおさえられ頼朝のまえで踊らされ命は危うく助けられたがその時
お腹には義経の子を身ごもるも男子だったため殺される静御前はその後のことは不明。
 

義経と静御前のはかなくも悲しい恋の物語。
 しかし、伝説にはこれといった確証はない、なんとかして義経と静御前を再び逢わせ余生をしあわせ
に暮らしてもらいたい。
義経と静御前はこんな里山の奥深く温泉の湧きいずる隠れ里山にひっそりと
都のことも頼朝もすべてのことを忘れ二人仲良く暮らしていたかもしれない。

新郷温泉館は昔、鷲の湯ともよばれワシが羽の傷を癒すため湯につかっていたそうです。

ワシよ、傷が癒えたなら、天高く舞い上がれ静御前の白拍子



しづやしづ しづのをだまき くり返し 昔を今に なすよしもがな

吉野山 峰の白雪 ふみわけて 入りにし人の 跡ぞ恋しき
頼朝のまえで静御前はこのように義経のことを詠み頼朝の逆鱗にふれ危うく殺されそうになった
のを頼朝の夫人に助けられたそうです。

義経一行は平泉をおわれ東北各地をさまようこといく年月か、このように生きながらえたのも味噌の
おかげ味噌は戦国時代から苞の木の葉に包み兵糧として持ち歩いたのが苞葉味噌
 味噌はなくてはならない存在なのです。