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爆発するルネッサンスとお祭り
さげじょの夜
十二支のオトシ子
旅はみちずれ、または股ずれ世は情け、踊る阿呆
旅の函館、かからん
ケツ(房総編2)
支えられて人になる
(房総編3)
絆をつなぐ(房総完結編)
ふるさと南部町りんごのかまり
八戸湊朝市ぶらぶら武士
かえるの漂着、木枯らし吹く秋の終わりの旅人よ
男蝉、女蝉
盆にはぞうりがいい
稲穂を拾う人
郵便配達人
母の靴下
蕎麦とネギと国道
104号線
古里の秋祭り
ざわめく心
芳川さん


食べ物の記憶

食べ物の記憶

 小さい時の食べ物の記憶は遠いむかしのほのかな電灯の下、セピア色の襖、しびど(囲炉裏)
にあだる(暖をとる)だだ(父)、あっぱ(母)、婆さまにその他のわらし、
みんな、しびどを囲み腹をすかし自在鉤にさがる大きな鉄鍋をだまって見ているが生木を燃して
いるためなかなか煮立たないし煙ばかりでてゆぶい。(煙い)
 婆さまに抱かさり、しなびた出ない乳房をまさぐり、くわえ泣き叫ぶのは末の弟か自分
なのだろうか?
今日、沢の山でそりこ乗りして遊んだがら腹へった、腹へった、しびどの火はようやくいきおい
をまし凍みたズボンを溶かして鍋はようやくクツクツいい始め湯気を立てる。


      
しびど

 

 支那そば



       支那そば

支那そば、なつかしい響きである。ラーメンとは違う存在であり支那そばは
 過去の遺品であり当時でしか味逢えない支那そばである。
僕も大きくなりようやくあこがれの自転車の3カク乗りができ「だだ」や兄の自転車
をひとりじめし仲間と遠出をして(たぶん八戸だったと思う)夜遅く帰り
ずいぶん怒られた記憶がある。
 あのころ農家で畑に作ずけするのは、そば、麦、雑穀などで
ほとんど自給自足の生活をして麦は精米所に持っていくと殻を取り粉にし
 なんと麺までに仕上てくれる。銭は取らない代わり麦を多めにいただく。
遊んで家に帰るころ「あっぱ」は麦を袋に入れて
今日は支那そばだすけ精米所さ持ってけろ、といい自転車の荷台に結わえてくれる。
家から精米所まで自転車で15分、自転車に乗る楽しさと支那そばを食えるうれしさ
が倍になりこぐ力も早くなる。
 そうして支那そばは家につくとたくさんの家族が待っているのだ、この時の
支那そばはみんなに幸福をもたらす、支那そばは支那そば冥利につきる
とおもうから選挙の時みんなの党に支那そば推薦をしたい。(笑)

みんなの党




 














   



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指が曲がった職人