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芳川さん
芳川さんは、囲炉裏にあたり今日も酒を飲みながらボクを迎える。
待っていたぞ、また小ヶ口酒店へ行って酒を買ってきてくれないか。
と言って一升瓶とカネを渡し自転車に乗り一里はなれた剣吉
の小ヶ口酒店へおつかいに行く。
芳川さんの家はボクの家の斜め向かいで毛皮で作る袖なしや
狸の襟巻きなどを生業として生計を立てていた。
熊の毛皮
芳川さんの熊の毛皮、親父はこれを着ていた。
冬のしばれる寒い夜、そのふところに入る。
熊の毛が裸の皮膚をちくちくする熊の匂い、冬を通りすぎ親子で獲物
をあさる厳しさのなか生き抜いた王者にいだかれたインデアンは
大平原を馬にのりホーホーいいながら白人を威嚇し
その娘をさらい第二婦人とするのであった。
夢の中のうつら、うつらは遠い野山をかけめぐり
やがて尻切れとんぼの赤とんぼ
ススキの陰に隠れて息もとだえ、とだえて夢おわる。
きざみタバコと親父のにおいが居心地よく、眠ってる親父の眼を
こじ開けるのがおもしろい。また掘りごたつの中に入り眠ってる
親父のちんちんをひっぱるのがおもしろい。
芳川さんは子供がいない。奥さんと二人暮らしで家は小さな一つ部屋
その隅でミシンを踏んでいつもニコニコして頭を
なで今日は寝小便しなかったの
うん、しなかった、エライいねえ、しわくちゃ顔でうちの子にならないと
奥さんが言い
芳川さんがそうだ、そうだ、うちの子になったら犬の毛皮の
チョッキを作ってあげる。
ボクは即座にうん、と言ったらしい。なぜか次の日、犬の毛皮を着ていた。
先の戦争では芳川さんは軍人であったらしい。この地方の人ではない
会津藩の武士の子孫だろうか。三戸地方には戊辰戦争により
会津藩の人たちが住みついたと言う。
芳川さんは酒が入ると囲炉裏に火をくべボクを膝にのせ
、ゆらゆら揺れる炎の煙
、会津の雪に散る若い命、ならぬものと出来るものの違いを
教えてくれた遠く想う父や母の生き様。
獣たちが木に吊るされ身を剥がれ血がしたたり皮をはぎ明礬になめし
やがて乾くと毛の色はコウコウと輝きそれを羽織ると野生人となる。
脳は不確実性の生き物そのもの、記憶の中は、とぎれとぎれの糸きれ、
小さいころの思い出は霞がかかり
面影の中の断片図、不思議な生き物の手のようなものが
煤けた梁にかかり
あるいは猛禽類の毛皮、囲炉裏に架かる熊の鍋、足ふみミシンのきしむ音
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